サンモトヤマ 茂登山長市郎さんの話が凄かった

まじめ者ちょーです!

「サンモトヤマ」という高級ブティックをご存じでしょうか。

世界中の一流品を売るセレクトショップであり、戦後の日本にグッチやフェラガモなど海外のブランドを初めて紹介したお店です。サンモトヤマさんからよく絨毯メンテナンスのご依頼をいただいていました。

そんなサンモトヤマ創業者の茂登山長市郎さんにお話しを伺う機会がありました。2012年の事です。

焼け野原の東京有楽町で「文化を売る」と決めた茂登山さん

茂登山さんは太平洋戦争では満州で従軍し、何度も死に直面しながら生き延び、捕虜となったのち終戦を迎え、復員後、空襲で焼け野原になった東京で「文化を売ろう。僕は文化を売りたい。」と心に決めて商売をはじめたそうです。もともとはおじい様が「サンメリヤス」という舶来品を売るご商売をされ、戦時中はお父様が日用品や雑貨などのお店をされていたそうです。そのお店が有楽町にあり闇取引などをしながら事業資金を貯めて行ったそうです。たくましいですね。

初めてアメリカ人やマッカーサーを見たとき「背が高くて、足が長くて服もカッコイイな~。こんなにカッコイイんじゃ日本は敵わなかったんだな。」と思ったそうです。ちなみに私、まじめしゃしょーのおじいちゃんもまったく同じ事を言っていました。当時の日本人の感覚なのでしょう。

アメリカ駐留軍の服がとにかくかっこよかった。日本にはこういった西洋の文化がまだまだ知られていない。みんな憧れるし、「欲しいけど、無い。」そういう物は売れると直感で感じたと。

西洋の「文化」を仕入れるために直接ヨーロッパへ行き、仕入れを何度も断られる

お店を始めてアメリカの文化を(リーバイスとか!)売っていたら、お客さんになった写真家の名取洋之助さんから「今長さんが売っているアメリカの商品は元を辿ればヨーロッパの文化なんだ。しょーもないアメリカ品なんか売ってないでヨーロッパの文化を売った方が良い。」と言われ、何度もヨーロッパへ行き自分が売りたい文化を探す旅を何年も繰り返しました。

フランスに行ってはエルメスに「ノン」と断られ、イタリアに行ってはグッチに陽気に断られ続けたそうです。当時の日本は復興中の敗戦国。今の感覚でいったらイラク人が買い付けに来るといったイメージでしょうか。

フランス流に冷たく「ノン。」も辛いけど、イタリア流に陽気に笑われながら断られるのも馬鹿にされたみたいで悲しかったそうです。そりゃそうですよね。

何年もグッチに通っていたある日、当時社長のバスコ・グッチが声をかけてくれ、商品を説明してくれたそう。その時グッチは「こういうのもやっているんだ。」と言って銀製のシガレットケースをショーウィンドから出して、茂登山さんに渡そうとしました。茂登山さんは受け取るとき、とっさにハンカチーフを取り出してそれを受け取った。「それを見たバスコ・グッチが代理店契約を決めたんだよ。契約書を交わそうと申し出たら、グッチが『モトヤマ、これからはバスコと呼んでくれ。本当に商品の価値を理解している人と取引したい。契約書なんかいらないだろう、私とモトヤマ経営者同士の約束だ。』と言っていたよ。」グッチも豪快ですね。※でも結局は後日契約書を交わしたそうです。

※サンモトヤマは2019年に自己破産。サンモトヤマ軽井沢だけは今も営業している。

2012年10月18日 銀座 マキシム・ド・パリにて

続く

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